「G.Verdi "Nabucco" 「魂」の体験」

先日、「ナブッコ」の本番で、希有な体験をしました。ちょっと日記として書くには内容が僕にとってヘビーなので、エッセイとして書くことにしました。

image

今は「ブロウチェク氏の旅」の稽古が終盤にさしかかっていて、そのハードな稽古の中で「ナブッコ」など、やはりハードな演目の本番が入ってくるので、かなり体力的には大変な時期です。

うちの劇場だけの話ではないと思いますが、お金が無くてソロ歌手の人数がじわじわと減ってきても本番数は減らすことが出来ないので、ブロウチェクに参加している歌手と日々の公演の歌手を違うチームというかシフトにして公演を回すことが出来なくなっているんですね。
とうぜん、ブロウチェクの稽古も、それら再演の本番によって妨げられることになり、演出のマティアス・オルダーグは結構おかんむりです。でも、仕方ないんですよ。僕らは本当に身を削ってやっているんだ。日程のきつさに対する不平は日記でも述べました。
そんな中、約1週間で、「フィガロの結婚」「ナブッコ」2回「椿姫」の本番ですから、これは本番だけとってもきついんだけど、毎日昼と夜にブロウチェクの稽古が入ってくる。
でも、こういう時こそ舞台に乗ることの喜びを忘れてはいけないのですね。僕らがどんなにきつい稽古をしているかという事は、いわば舞台裏のことでお客様に悟られてはいけない。

「フィガロの結婚」の公演で、息子の健登が「オペラ・デビュー」をしたことはやはり日記に書きました。見る方のデビューですが、僕はとても嬉しかった。当然、嫁さんも一緒に見に来た。

僕にとって、嫁さんは、一番の理解者であると同時に、一番厳しい批評家でもあります。今までの経験で、細かい意見の違いが生じることはあっても最終的に彼女の意見が必ず正しいという事を知っている僕は、いつも彼女の意見には正直に耳を傾けています。
この「フィガロの結婚」の公演で、声のことでちょっと彼女が気づいたことがあり、これは僕にとってもちょうど取り組んでいる問題に近かったので、これをなんとか「ナブッコ」で解決しようと、ちょっと発声技術的に新しいことをして10月27日の「ナブッコ」の本番に取り組みました。
結果的に、かなりうまく行ったんだけど、今度は別の問題が生じた様に、僕には聞こえた。演出家や同僚も「今日は特に素晴らしかった!」とわざわざ楽屋まで来てくれたりしたので、まぁよかったのは間違いないと思うんだけど、まぁ不満もあったわけです。で、せっかく2日後にまた「ナブッコ」の本番があるから、さらにこの問題を解決しようとトライしたのでした。

どう声を変えようとしたかというと、まぁすごーくおおざっぱに言うと、低い共鳴のバランスを強くして、音色的に豊かにしようとしたのが一番のポイントかな。
27日の本番で、ある程度うまく行って、このときに既に感じたのですが、共鳴のバランスが変わり、体の形が変わると、それは思わぬ形で僕の精神というか、心境に影響をもたらしました。芝居が変わるのです。
僕は栗山昌良先生がよくおっしゃっていた「身体表現というものは一貫したものでなくては行けない」という言葉を肝に銘じて舞台に立っています。つまり声の表現するものと身体の表現するものは一致していなくてはならないんです。このモットーのせいもあるかも知れないけど、響きが変わると、同じ芝居は出来なくなる。芝居が自然に変わってきました。

そして29日の本番では、声に関してはさらに美しいビブラートが常にある様に、というのが新たな変更点でした。それで、それは非常にうまく行きました。声の面から、音楽面から、この10月29日の「ナブッコ」は今までの僕の「ナブッコ」のベストだったのは疑いありません。袖でよく聴いている同僚が「一体どうしちゃったんだ!?一昨日もすごくよかったけど、今日はその上を行ってる!」と言ってくれました。

でも舞台に乗っている僕の心の中に起きた現象に比べたら「良い声が出た」なんて事は、些細なことになってしまいました。

何があったかを書く前に、今までの事について書かなくちゃなりません。

僕は舞台に立つ上で「冷静であること」をとってもとっても大切にしてきました。これは本当に大切なことです。感情ゆたかに演じることも大切ですが、それは結果として感情ゆたかに見えるべきなのであって、オペラ歌手が自分の感情にまかせて歌い演じると、それは往々にして「自己満足」になるのです。これは悪い例をたくさん目にしてきて、絶対にこういう失敗はするまい、と肝に銘じたのです。

それにオペラの場合、芝居と違って勝手なテンポ、スピードで演技や台詞(歌)を進めていくことは出来ません。オーケストラと一緒に歩まねばならないからです。指揮者のテンポも毎回微妙に変わりますし、フェルマータの長さなども、共演者の体調などによって頻繁に変わります。
ストレートプレイでも同様ですが、舞台機構、小道具などがきちんと機能するか、常に冷静な目をもっていないと、事故というのは簡単に起こります。
お能でも、あのお面の裏で、観客がどれくらい心を動かされているのかを冷えた目で観察する事が必要だと言われていると、聞いたことがあります。一言で言うと、プロフェッショナルなオペラ歌手として、最善の結果を出すため、一番良いものを見せ、聴かせるためにはこれが必要なのです。

今までこれでかなりうまく行ってきたし、それはやっぱり正しかったと思います。でも演じる体から徹底的に「感情」を排除することに対しては、常に疑いはもっていました。
体の表情をその人物の感情とシンクロさせる技術としてブレスの色彩をコントロールするというやり方があります。これは事実、オペラ歌手としての僕の「演技」の大半を占める技術なんだけど、これで声、体の表情を含む全身体表現はそのブレスコントロールによって感情の色を帯びるのですが、やはりこれもコントロールであって、演じる僕自身は感情に包まれているわけではない。この辺の悩みは大変に深かったけど、ずっと悩みながら舞台をやるわけには行かない。その時その時に最善と思われる方法で舞台を務めてきました。

話は変わって、シュタイナーの人智学。これも日記に最近書いていますが、ここ数年、僕はシュタイナーの理論にかなり興味を持っていたのですが、この夏以降、訳あってさらに深く関わりはじめました。

シュタイナーは自分が打ち立てた人智学の中で、「体」「魂」「霊」の三つをはっきりと違うものとしてとらえることを提唱しています。ドイツの考え方としてある程度定着していることですが、シュタイナーが特にはっきりと言っていることです。日本では、魂と霊というのはまとめて「心」と呼ばれていて、これは僕ら日本人にはちょっと取っつきにくいところです。僕はドイツ生活9年目にして、やっとこの「魂」と「霊」の違いがはっきりわかる様になってきました。
あえてはっきり区別すると、魂は感情の生じる場所、霊は思考の生じる場所です。

僕が今、現実面で多くの関わりがあるシュタイナーの教育論においては、7歳までの第一期、14歳までの第二期、21歳までの第三期が、この三つの要素の発達、確立の時期として説明されています。その上で「自我」が形成され、人間として完全な形になると。「私」という言葉は、私以外の存在から私に対して私を意味して使われることがありません。大変特殊な言葉で、これが「自我」とは何かを語っています。哲学者デカルトの「われ思う、故にわれあり」というのも、このことですね。
体の上に、魂、霊が積み重なった上で初めて自我が存在しうるということだと思います。

さて「ナブッコ」に話を戻しましょう。29日の「ナブッコ」の本番で、3幕のアビガイッレとの二重唱。このオペラの核といっても良い場面ですが、ここで「ナブッコ」は実の娘フェネーナの命を助けてくれと涙ながらにアビガイッレに懇願します。
声楽的にも大変なところで、それにくわえてこの演出では、光で表現された牢屋の中で大変激しいアクションを要求されていて、芝居的にも消耗する場面です。

2日前の本番からの反省で声を少し変えて、それは2幕まで大変うまく行っていました。そしてこの二重唱で、特に深い心情を表現する事もあり、特に響きの深さ、体の共鳴について気をつけて歌っていました。
そうすると2日前にも似たことがありましたが、芝居が自ずから変わってくるのです。僕の声が、僕の体、特に胸郭をより深く共鳴させるこの日の声に文字通り揺さぶられて、僕の精神も日常から逸脱していく感覚がありました。
そして気がついたら泣きながら歌っていました。本当にぼろぼろ涙を流しながら歌っていたのです。こんなことは初めてで、それに気づいたとき、僕は激しく動揺しました。舞台の上で感情的になることを僕は自分に禁じているからです。でも涙は止まりませんでした。
僕の心に呼び覚まされてきたイメージ、事柄。ひとつはこの間の中越地震で92時間後に奇跡的に救出された2歳の男の子、そしてそのお父さんのことです。このお父さんは奥様と3歳の娘さんを失いました。もう一つは佐世保の事件で小学生の娘を失った父親のこと。そのことを考えようとしたんじゃありません。浮かんでくるんです。「娘を返してくれ!」と何度も繰り返すナブッコの歌とこの父親の手記の言葉もだぶってきます。

一種のトランス状態だったのかも知れません。あとから、どうしてあんな事になったのか必死に考えました。そして腑に落ちたのです。

僕は、さっき書いたとおり、舞台の上で「冷静」を最善としてやってきた。そして感情的になることを禁じてきた。
これをやっているのは僕の「霊」の部分。インテリジェンスの部分であり、「肉体」はいやがおうにも働きます。体で歌い、体で演じるわけですから。(音楽とは純粋な肉体性だというのが僕の持論です)その間の感情をつかさどる「魂」が抜けていたんじゃないでしょうか。

発声を変えて、より深い表現を出来る声にしようとした。その「響き」によって、僕の眠れる「魂」が呼び起こされ、ナブッコの感情とシンクロしてこんな事が起こったのだと思うのです。もちろん、シュタイナーの理論に熱心に取り組みはじめたことも関係しているでしょう。
「体」と「霊」の間にあるはずの「魂」が抜けていて、突然それが呼び覚まされたときに、「体」と「霊」がつながって、人間として一体になったんじゃないでしょうか。

思えば、舞台で泣いたのは2度目です。2000年6月にオルフェオを歌ったとき。
演じきった後に泣いたことは何度もありました。アラベッラの時もそうだったし、高校の音楽部で初めてオペラを歌った後も泣いた。でも舞台の上で演じながら泣いたのはこの2回だけです。
オルフェオの時は演出の岩田達宗さんと、それは綿密な意見交換をして、1年くらい前からコンセプトについては討論していたのですね。そしてオルフェオは僕の中に深く入り込んでいました。そのころ息子の健登は3ヶ月で、とにかく寝ない子で、1日の平均睡眠時間は6時間くらいじゃなかったかと思うほどです。子育て初心者の僕らは疲弊しきっていました。その上に病気も多く、ちょうどこのオルフェオのGPの前日は僕も殆ど寝られなかったのを憶えています。
GPの前日だけじゃなく、稽古の時期ずっとそういう状態で、僕の体は疲れ切っていて家でオルフェオの楽譜を開く余裕なんて全然無いのに、なぜか稽古場に行くとどんどん新しいアイディアが湧いてきて、すごい集中力を発揮したのです。これには岩田さんも驚いたと後で言っていました。「あいつは一体どんな勉強の仕方をしてるんだ?こっちがどんなに勉強してもどんどん先を行きやがる」ってね。
そしてオルフェオは夫婦を描いたオペラ、死と蘇りを描いたオペラです。僕はこの時期、肉体とは別のところで一度死んで、また生まれ変わった様な気持ちがしています。そして本番は2回だけ。ある種、発表会的な盛り上がりもあったのかも知れません。オルフェオが絶望して自分の琴を壊し、あの有名なアリアを歌うとき、僕も泣いていました。

今回のナブッコでの経験は、近いところもあるのですがやはり全く別の体験です。二重唱の後の場面はその余韻があってか、なんだかふらふらしながら歌った様な気がします。このナブッコ体験で、体、魂、霊が一つにつながるという事がどういう事なのか、体で納得しました。これを偶然でなく、芸術家としてまた僕の体に呼び覚ますことが出来るかどうかは、これからの僕の努力にかかっているのでしょう。頑張らなくちゃね。
型に入って型に出るという事かとも思っています。これは世阿弥でしたっけね。ちょっと調べたんだけどはっきりわからなかった。今まで、型から入り、この中身つまり感情がその中に満たされるのを待っていたと言うことなのかと思うわけです。
とにかく、こういう体験を出来たことにはものすごく感謝しています。登紀子と健登にも。二人がいなかったら僕はこういう体験をすることはなかったでしょうから。

(2004. 11. 3)