「宮廷歌手、称号授与関連の記事」

宮廷歌手(Kammersänger)の称号授与に関連した新聞記事の一部です。全て翻訳してあります。

また、報告のエッセイはこちらです。


ライプツィヒ「ライプツィヒ・フォルクスツァイトゥング」およびテューリンゲン「オストレンダー・フォルクスツァイトゥング」新聞 (Leipziger Volkszeitung, Ostländer Volkszeitung) 2011/4/4 文化面


涙と意地

アルテンブルク市立歌劇場が創立140周年をガラコンサートで祝った。
小森輝彦は宮廷歌手の称号を授与された

アルテンブルクにて 輝かしく、また風情のあるガラコンサートによって、土曜日にアルテンブルク市立歌劇場の創立140周年が祝われた。政治家や芸術家、聴衆が、 この劇場の長い繁栄を切実に望んでいる

イェンス・ローゼンクランツ
ささやき声がホールを行き交い、「おお」「ああ」とため息が多く交わされ、聴衆は手で両方の頬を押さえ、恍惚としていた。聴衆の目には涙が みられ、超満員の劇場で行われた催しは、その頂点を迎えた。 きっかけは劇場総裁のマティアス・オルダーグの言葉だった。「あなたに宮廷歌手の称号を授与します」・・・なぜなら小森輝彦がその卓越した 芸術的業績によってその名誉を得たからで、聴衆、そして彼自身もこれを予想していなかったのだ。 オルダーグはこの歌手を、まず素晴らしい同僚、高潔な人物として讃えた。小森輝彦は深い感慨と共に、テューリンゲンとアルテンブルクが既に 彼の第二の故郷になっていることを語った。そしてすぐ彼の本来の故郷~日本~についての思いを述べた。そしてこの極東の国の人々がいま直面 している重い運命へ馳せる思いが、この一人の人気を集める歌手の言葉によってアルテンブルクの舞台のひとときに呼び起こされた。素晴らしい 瞬間だった。

・・・後略


写真のキャプション 小森輝彦氏はガラコンサートで宮廷歌手の称号を授与された。カリン・クント=ペータース、バルバラ・グルービッチ、ギュンター・マルクヴァ ルト(左から)はテアター&フィルハーモニー・テューリンゲンの名誉会員となった。写真:マリオ・ヤーン


アルゲマイネ・アンツァイガー紙 2011/4/20 文化面


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ポートレート

小森輝彦

・・・震災の犠牲者のためにチャリティーコンサートでイニシアチブをとる。

ちょうど3年前の同じ日に、私たちは初めてのポートレート記事の取材のために会っていたのだった。お互いに素朴な興味を持って。
今回のインタビューでは、その時とは変化がみられた。小森輝彦氏は、思いの丈を打ち明けるにあたり、よりオープンに、率直に語ってくれたが、強くショックを受けてもいたのだった。
この日本出身のバリトンは、隣り合わせの嬉しいニュースと重いショックに直面していた。アルテンブルク市立歌劇場の創立140周年記念のガラコンサートの場で、彼はその卓越した芸術的業績のため、優れた歌唱力と演技力を賞賛され、「宮廷歌手」の称号を授与された。その意味でこの44歳の歌手は今や、彼のホームグラウンドである「tpt」(テアター&フィルハーモニー テューリンゲン)で唯一の存在だ。
これはまだ彼にとっては、とにかくとても馴染みのない事だ。小森氏の故郷、日本では宮廷歌手に相当する称号はない。似た例があるとすればそれは勲章を授与される事だが、彼のこの若さではあり得ない。もっとも・・・彼の父親はかつて発明家としてプレス安全器の特許と普及の業績に対して勲章(紫綬褒章)を授与されている。いずれにしても彼のキャリアに於ける夢がもう一つ叶えられたのだ。
東京生まれの彼は、若いときは音楽よりサッカーに熱心に打ち込んでいたが、ピアノや打楽器をたしなんでいた弟の邦彦と同様、高校の学園祭で見いだされる事になった。声楽を趣味に持ち、コロラトゥーラソプラノだった母親の助言と共に、彼はその力強い声でオペラを歌う事になったのだ。それは16歳の時で、その舞台をやり遂げたとき、職業歌手になろうと決心した。文化庁オペラ研修所での研修と、その後奨学金を得てベルリン芸術大学での研修(1995-2000)で、彼はこう悟った。「劇場というのは日常ではなく、もう一つの別の次元を生きる事なのだ」。その非日常をしかし、日常とする事を小森は望んだ。彼の最初の夢、それはドイツの歌劇場の専属歌手になる事だった(専属歌手のシステムを持つ劇場は日本にはない)。そして2000年に彼はこの夢をゲラで叶える事が出来た。その意味からもこの町は彼にとって大きな意味を持つ町である。
常に自分を磨く事を、彼は師である宮廷歌手のハラルト・シュタムのもとで学んだ。またある時彼はベルリンで、ベルリン州立歌劇場でオペラ「ヴォツェク」を観て、タイトルロールを演じたファルク・シュトルックマンに魅了された。彼のお気に入りの歌手であるシュトルックマンは2007年からウィーン州立歌劇場の宮廷歌手である。そう、これが二つ目の夢・・・しかし彼はこの夢について誰かに語ったことは一度もなかった。だからこそ彼はこの称号を授与されたことに圧倒的な感慨を覚えた。そして彼は静かに言い添えた。これは妻の登紀子の支えあってのことなのだ、と。オペラ「蝶々夫人」の舞台で知り合った妻の登紀子さんは彼を常に支え続けてきた。「歌手小森輝彦」は二人の作品なのだ。

そして今、この宮廷歌手が妻を支える時だ。何年もの間、彼は東テューリンゲン・ヴァルドルフ教育(シュタイナー教育)協会の理事であり、ゲラ、イェナ、ヴァイマールなどで学校のためのチャリティーコンサートをするなど活発に活動してきた。彼の息子健登はこの独自の教育コンセプトを実践している。登紀子さんはゲラのシュタイナー学校でオイリュトミーのピアノ伴奏をしているが、それに加えて去年の夏から、彼女は子供達とオペラ「魔笛」公演の準備をしている。例えばパパゲーノのフレーズなどをソロや合唱で歌う事を通して、子供達はこのモーツァルトの親しみやすいオペラを身近に体験している。5月20日の公演本番では、小森氏はザラストロとして子供達と一緒に舞台に立つ。

その少し後には、彼は再びスター・ゲストとして劇場後援会の催しの歌曲マチネに登場し、ローベルト・シューマンのリーダークライス、ハンス・プフィツナーとフーゴー・ヴォルフの歌曲を歌う事になっている。ピアノは長崎貴洋氏が担当だが、長崎氏は強い共感とともに準備をしている。さて、この共感が彼を他の事柄でも助けることになるか?・・・
もう何週間もの間、東日本大震災のニュースが、彼を日本からのニュースに縛り付けてしまっている。彼はニュースを見ることを、止めたくても止めることが出来ない。彼は、自分がヨーロッパに無事で暮らしていることを責める気持ちがあるのだという。そして「日本は落ち着いた行動を見せたと思う」と付け加えた。メンタリティー・ギャップがそこにはある。日本人は落ち着きを守り、実務的に判断しようとし、パニックを起こさない様に努力している。

ここで彼はとても素早く反応し、劇場の同僚である長崎貴洋氏とリカルド・タムラ氏と共に、4月25日のチャリティーコンサートのために行動を起こした。小森氏は現実的にサポートしたかったのだ。仙台にはフィルハーモニー管弦楽団があるが、その本拠地は被災し、コンサートは長期間にわたってキャンセルを余儀なくされた。だが、この音楽家達は避難所で演奏をして、被災者達を音楽で慰めようとしている。また社団法人日本クラシック音楽事業協会は学校の壊れた楽器を修理するなどを盛り込んだ基金を設立するべく動いている。文化の空白時期が生じてはいけない。人々は死者や被害のニュースを聞きながら、リラックスできる機会を求めているのだ。差し迫った危険が過ぎ去ったならば、本来はこういう時だからこそ、彼らは音楽を強く必要としている。彼らを精神的にも救う必要があるのだ。
小森氏はチャリティーコンサートのチケット売れ行きが順調である事に大変感謝している。販売枚数が伸びたため、チャリティーコンサートは最初の予定のコンサートホールフォワイエから、あの美しいコンサートホールに開催場所を移すことになった。
そしてもう一つ大事なことは、この震災のことが、かつての神戸の大震災の時の様に、時間と共に忘れ去られてしまう危険があると言うことだ。神戸の復興の象徴の一つとして兵庫県立芸術文化センターが建てられたが、ここで小森氏は7月にオペレッタ「こうもり」にアイゼンシュタイン役で出演し、ドイツの誇るカウンター・テノールのヨッヘン・コヴァルスキーと共演する。
本物の共感というものは、長く心に留まるものだ。彼は、自分の心の平静を見つけるためにも、本物の共感を心に抱き続けようとしている。


写真キャプション
宮廷歌手の小森輝彦は、東関東大震災をうけて4月25日に被災者のためのチャリティーコンサートを主催する。写真:トーマス・トリームナー


四角の枠内
東日本大震災の義援金のためのチャリティーコンサートがイースターの月曜日(4月25日)の17時からゲラ市立歌劇場で行われる。イニシアチブをとるのは、この劇場で働く三人の日本からの芸術家達だ。東京出身のバリトン小森輝彦が日系ブラジル人テノールのリカルド・タムラとプッチーニ、ヴェルディのアリアと二重唱を歌う。スカルピアとカヴァラドッシとして「トスカ」の舞台でこの二人は記憶に刻まれている。ピアノの伴奏は愛知出身のコレペティトア、長崎貴洋氏である。





オスターラント・ゾンターク紙 2011/4/10


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人々
ロルフ・ミーレ
華やかながらコンサートによって、テアター&フィルハーモニー・テューリンゲン(TPT)とアルテンブルクの劇場後援会が、先週の週末にアルテンブルク市立歌劇場の創立140年を祝った。夕べの大規模な催しの一環として劇場総裁のマティアス・オルダーグは、アルテンブルクとゲラの両方の都市で10年以上の間、両方のミューズの神殿における広範囲に及ぶ賞賛を獲得した功績により、表彰を行った。   ・・・中略

2000年からオペラ部門の専属ソリストであるバリトン歌手小森輝彦にはマティアス・オルダーグは、彼がゲラとアルテンブルクの市立歌劇場にもたらした並外れた芸術的業績に対して、その素晴らしい歌唱力と演技力を讃え、宮廷歌手の称号を授与した。   ・・・後略





東テューリンゲン新聞、テューリンゲン・ランデスツァイトゥング紙 2011/4/6


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TPT(テアター&フィルハーモニー・テューリンゲン)が名誉会員などの表彰を行った

アルテンブルク/ゲラ 

アルテンブルク市立歌劇場の創立140年記念のガラコンサートに際して、劇場総裁のマティアス・オルダーグは、女優のカリン・クント=ペータースと歌手のギュンター・マルクヴァルトに対して、何十年にもわたる熱心で成功に満ちた業績に対し、彼らの芸術的全功績を称えて、テアター&フィルハーモニー・テューリンゲンの名誉会員に指名した。
この顕彰は、アルテンブルクおよび近郊劇場後援会連盟の理事長にも与えられた。バーバラ・グルービッチ女史は、模範的なやり方で劇場の存続のために、またその精神的、物理的な援助を行い、理事長として劇場の利益を細心の注意で支持したとの事である。
2000年からオペラ部門の専属ソリストであるバリトン歌手小森輝彦に対し、マティアス・オルダーグは、彼がゲラとアルテンブルクの市立歌劇場にもたらし続けた、並外れた芸術的業績に対して、その素晴らしい歌唱力と演技力を讃え、宮廷歌手の称号を授与した。

 


関連リンク:
「宮廷歌手の称号授与 ドイツのテレビニュース
ドイツ宮廷歌手の称号を授与されました
チャリティーコンサートの報告記事(東テューリンゲン新聞)
チャリティーコンサート終了のご報告
チャリティーコンサートの詳細記事
東日本大震災チャリティーコンサート
東日本大震災で考えること・・・一人の在独邦人として(エッセイ)